ばんせいグループの歩み

明治41年創業

ばんせいグループは、明治41年京都創業の老舗証券会社を母体としております。創業100周年を迎えた2008年以降、積極的にM&Aを実施し、証券会社3社、アセットマネジメント1社、総合保険代理店1社などを次々とグループに加えました。 また、主力の証券業におきましては、ブラジル国債を筆頭に、ボンドハウスとしての地位を確立いたしております。特に、リーマンショック以降の運用難の時代において、各国の機関投資家が新興国の債券等へ着目し、脚光を浴びました。


スリランカへの進出

スリランカは、2009年5月まで内戦状態にありましたので、新興国に広がった経済発展の波に乗りそびれましたが、それだけに、内戦終結後はその遅れを取り戻すべく、高い経済成長を遂げ、現在も、恵まれた観光資源、優位な地理的条件、さらには南アジアの発展などを背景に、著しい成長を続けております。

当グループはこのような世界の潮流を見極め、日本の証券会社としては初めて、スリランカ国債の取り扱いを開始いたしました。お蔭様をもちまして、その実績につきましては、現地メディアでもトップ企業としてたびたび取り上げられております。


銀行の筆頭株主に

当グループは、スリランカ現地の大手商業銀行であるパンアジア銀行(Pan Asia Banking Corporation PLC)の筆頭株主となりました。同行には役員を派遣し、金融先進国たる日本の技術をスリランカに伝えるなど、経営をリードし続けております。また、発展するスリランカ証券市場への貢献と未来への期待を込めて、証券金融業への進出もしております。


観光業としてリゾートホテルも保有

さらに当グループは、スリランカの主要産業である観光業に進出すべく、スリランカ随一のリゾート地であるヒッカドゥワのリゾートホテル企業(Bansei Royal Resorts Hikkaduwa PLC)を傘下に加えました。その後同社は、日本資本の経営する企業としては初めて、スリランカのコロンボ証券取引所への上場を果たし、加えて、その上場は現地企業の株式取得後短期間でのスピード上場であったことから、“日本企業への信頼”と“スリランカ証券市場の整備体制”を証明することとなりました。さらに当社は、スリランカの成長を見守る日本の企業として、また共に成長を続けるパートナーである証として、今後のコロンボ証券取引所の発展を祈願し、式典用の“鐘”を寄贈いたしました。その記念すべき出来事は、日本・スリランカ両国の新聞で報道され、コロンボ証券取引所の歴史に刻まれる大イベントとなりました。

観光業への進出はそれだけにとどまらず、世界的なトロピカル建築の天才として名高いジェフリー・バワの作品の一つ“Club Villa”(アジアで最高のビーチの一つと賞賛されるベントータ・ビーチにたたずみ、バワの手がけた他の大型リゾートホテルとは異なり、隠れ家的で別荘色が濃い物件として数々の賞を受賞。)を保有し、その地位を確固たるものとしております。

万全のネットワーク体制の構築

当グループはスリランカの将来性にいち早く着目し、同国での地歩を固めてまいりました。当グループのシンクタンクであるばんせい総研の理事長には、在スリランカ日本国大使を2015年まで5年間務めた粗信仁氏を招聘いたしました。また、現地に日本人弁護士及び日本人会計士を常駐させるなど、十分な情報収集体制も構築しております。現在スリランカは、内戦後の戦後復興期にあることに加えて、目覚ましい発展を遂げる南アジアの核として、高度経済成長の真っ只中にあり、この歴史的な好機をとらえるべく、万全のネットワークを敷いております。

アーユルヴェーダを日本へ

当グループは、スリランカの発展に自ら積極的に関わりつつ、さらには日本とスリランカの重要な架け橋としての役割を担うべく、満を持して、2016年4月にバンセイアーユルヴェーダ株式会社を設立いたしました。同5月にはSPA CEYLON社と業務提携し、5,000年の歴史を誇る古代インドスリランカ伝統のアーユルヴェーダ事業に進出いたしました。その調印式には、スリランカのアマルトゥンガ観光大臣(写真:左から3番目)並びに菅沼駐スリランカ日本大使(写真:左から2番目)が出席し、盛大かつ注目度が非常に高い船出となったことから、現地でも大きく報道されました。

また、銀座四丁目の交差点にランドマークタワーとして昨秋オープンした“GINZA PLACE”に旗艦店をオープンし、日本の中心から“アーユルヴェーダ”、“スパセイロン”の素晴らしさを発信しております。